仙翁の部屋

私の修行時代
江戸太神楽をはじめて、早くも53年の日時が経ちました。日本の文化を残すために1948年(昭和23年)に12代の芸養子になり、日夜稽古に励み、1年365日、毎日稽古と学校の毎日が約3年続きました。戦後の東京は現在と大違いで、食べるものもろくにない時代で、そんな中での稽古は非常につらく、当時の親方の教え方が厳しくて泣いた事も何度か有りました。そんな厳しい稽古の中で、芸が少し上達して仕事に行くことが一番の楽しみになりました。この頃の仕事と言うと進駐軍(米軍キャンプ)がほとんどで子供の私の芸が大変受けました。物のないときで現場に行くと食べ物がたくさん有り、子供の私には感激でした。鳥の手羽先、ポテトチップ、ステーキ、コカコーラ、ガム、チョコレート、などなど、1950年(昭和25年)まだまだ日本では絶対に口にできないものを、たくさん食べたことをいまだに鮮明に覚えて居ます。そんなこんなで稽古、学校、仕事、と続く毎日が中学を卒業するまで続きました。中学を卒業してからは稽古と仕事に精をだして頑張りました。この頃の仕事場を少しだけ書いて置きます。『正月の門付け』(元旦から20日頃まで、10人前後の人で、日本橋の町内 向島花柳界)『米軍キャンプ』(1年の内3分の2はキャンプの仕事が有りこの頃に大量に曲芸師が増えました。キャンプの仕事で何人かの人が家を建てました。如何にすごい職場かわかると思います)『寄席』(12代がほとんど出演していました。私は自分の仕事がないときに出演)『結核療養所』『お祭り』(この頃は祭りになると各町内即席の屋台を作り競って演芸を見せていました)『キャバレー』(最初の頃は大変楽しく芸が出来たのですが段々とホステス目標にお客が来るようになり芸を見なくなりました、嫌気がさして私は早いうちにこの職場はやめました)『温泉ホテル』(この仕事場でホテルのマナーを勉強しました)『ヘルスセンター』(今のクワハウス)『鉄道慰問』(ほとんど全国の鉄道管理局で、長い所は半月位有りました)『歌謡曲の前座』(この職場はほとんど土地の興行師がらみで怖かった事を覚えています)昭和30年代はこんな仕事がたくさん有り、1月に60回位の仕事が有りました。東京オリンピックを境に、テレビの影響がすこしづつ広がり、1年1年少しづつ職場も減ってきました。日本の文化江戸太神楽を二十一世紀に向かって残して行く為にこれからは後継者の育成に全力を継ぎ込みたいと思います。

私から見た現在の若者達
江戸太神楽教室を開いて早いもので5年の歳月が経ちました。年寄りから若者まで数多くの人に出会い、現在は多くの若者が私を師と仰ぎ稽古に励んでいます。江戸太神楽は曲芸のほかに獅子舞、太鼓、三味線、笛、茶番、これだけ覚えて1人前の江戸太神楽師と言われます。地道な稽古なので途中で挫けないように頑張って、21世紀に伝えてほしいものです。私が見るのは1週間に1度なので、それぞれの自主稽古が基本になります。1に稽古、2に稽古、3・4がなくて5に稽古、とにかく毎日毎日が稽古の連続で少年時代を過ごして来た、私には歯がゆい者が何人か居るけれど、全体を見てみんな上達が早く喜んでいる今日この頃です。 ちなみに私の子供の頃の稽古の仕方を書いて置きます。朝の稽古(ほとんどが表での稽古です)明るくなると飛び起きて稽古に励みます、夏でも冬でも短パンで裸足の稽古でした。初めの頃は親方、おかみさんと、かわりばんこで稽古を見てくれました、長い杖を持ち撥を落とすと容赦なく杖が跳んできました。そんな稽古が2年間続きました。子供の私には親方、おかみさんが鬼に見えたことが何度も有りました、何が一番辛かったか杖で叩かれる事より冬の霜柱の立っている上での裸足の稽古です、雪の上でも何度かやりましたが雪の場合は体温ですぐに解けてしまうが霜柱は氷の上に立っているのと同じで叙々に解けていくので大変冷たい思いをしたこといまだに鮮明に覚えています。朝の稽古は2時間、昼の稽古は3時間、夕飯前に1時間と続く毎日でした。大人になってわかったことですが、芸は体で覚えるのが一番良い事だそうです。こんな毎日の稽古のお陰で60歳になった今でも芸が余り落ちずに出来ています。今の若い人は余りにも良い環境が整い過ぎているので、自分をもっと徹底的にいじめる事が芸の上達に繋がるはずです。私から見ると今の若者はまだまだ甘い人生を送って居ます。自分に負ける人生はつまらない、皆んなが素晴らしい人生を自分で作り上げて下さい。
(平成13年2月21日新規作成)

21世紀は江戸太神楽を若い力で大きくしよう
安易に収入になる仕事に飛びつく「かえる達」フリーターという言葉を使う<かえる>が掃いて捨てるほど世間に居る現在の世の中、そんな中で私の所に通ってくる若者達はそれぞれの個性を生かしながら、現在一生懸命芸を磨いています。そんな若者に一言苦言を、仕事に行き舞台が上手くいくと過信をして練習をしなくなる子、そんな若者を育てる事の難しさを感じている今日この頃です。人に芸を見せてお金を貰う事の難しさ、仕事を決めることの難しさ、大勢で舞台をする時の難しさ、私が教えだして3年から5年の月日があっという間に過ぎ去りましたが、100パーセントの舞台は1度もありません。
さて、100%の舞台とは・・・? 仕事の当日、目が覚めて夜家に帰るまでは自分の時間は有りません。どんなに体調が悪くても仕事が終わるまでは自分を出してはいけません。
集合時間の厳守 現場での打ち合わせ 完璧な舞台 お客さんの反応などをクリアして、初めて完全な芸人として認められます。長い芸人生活の中で私も完璧な舞台は数えるほどしかありません。これから何千何万の舞台を消化していく若者達、一つ一つの舞台をクリアして素晴らしい未来を勝ち取りましょう。
(平成13年3月12日更新)

三回目のデトロイト公演・平成13年5月9日〜18日
今年は経験をする為仙若・朱仙を連れて公演に行きました。9日夜8時デトロイトに無事に着きホテルに入りました。10日は市内のハイスクールの公演を午前中1時間の公演を2回行いました。日本の文化を直に見て貰い肌で感じて喜んで頂きました。私は3回目なので、生徒の感激を肌で感じていますが、若い二人はどのように感じたかこれからの人生に役立ててくれると幸せです。その後、デトロイトの郊外のバトルクリーク、エイドリアン、ラピア、「ラグタイムと江戸太神楽」と名をつけて手作りの公演を行い各地とも大変喜んで貰い成功裏に終わりました。
ラグタイムとは19世紀にアメリカの各地で自然発生的に生まれ、19世紀の終わりから20世紀の始めにかけて大流行した音楽の形態です。ピアノの場合、右手と左手の拍子が一拍ずれているところからきています。代表的な曲としてはロバート・レットフォード主演の「スティング」という映画の主題曲が上げられます。チャールストン、ブギウギなどもこれにはいります。聞いていると自然に体がむずむずして来て足や手で拍子を取りたくなるような音楽です。このアメリカの伝統音楽と日本の江戸太神楽をジョイントさせ公演を行いました。私自身昔(進駐軍時代)ジャズの演奏で曲芸をしたことが有りますので、この企画には最初から乗り気でした。案の定各地とも大変好評のようでした。もう来年の話も来ております。

7年ぶりの「E・J・C」ヨーロッパ・ジャグリング・コンベンション 13年8月4日〜11日
今年はオランダ・ロッテルダムでの開催に久しぶりの参加をしました。仙丸、舞仙、宝仙、山ちゃん、仙右ヱ門(パリから参加)以上のメンバーで獅子舞・曲芸を見せてきました。
相変わらずの物凄い声援に感動を改めて感動をしました。私以外は初めての参加なので声援に驚いて舞台の上で興奮をしているのが手にとる様に解りました。素晴らしい経験をしたことと思います。1週間朝から晩まで曲芸に没頭して元気に帰ってきました。世界は広いと思ったことと、もっともっと世界に目を向けて大きく羽ばたいてほしいです。
(平成13年8月23日更新)

「小仙と若者達其の七」終わって
毎年恒例の会を終わり一言、今年は若者達に、自分たちで何かを考え舞台で披露して貰いました。テーマを作り、そのなかに太神楽を取り入れる構成で「忍者神楽」を作り上げ短い時間の中、良く出来たと感心しました。お客さんの反応も有り、演者も少しは、ほっとしている事でしょう、私に言わせると学芸会の延長の様に見えますが、古いものを今の人に解って貰うには良い企画だと思います。来年は内容をもっと練り上げ全員で出来ると素晴らしい物が出来上がることでしょう・・・?
お客さんの動員がもうひとつ、之も考える事の一つです。それぞれどんな風に考えているのか私には解りません、1年に1度の事、もう来年に向けて努力をする事を{希望します}
(平成13年11月13日更新)

家元を継いで早10年
家元を継いで早くも10年の月日が流れていきました。過去を振り返らず夢中で前を向いて過ごしてきました。おかげで若い江戸太神楽師が育ち各方面で仕事も出来るようになり、少しは気分を楽にしている今日このごろです。私も60代になりこれからは、楽しみながら自分の芸を沢山の人に見て頂き後世に残してゆきたいと思っています。
それにしても、世の中がこのように厳しい時代になっている昨今、仕事を取るのも非常に難しく、少しずつ海外に目を向けて江戸太神楽を売り込んで世界の人に、日本の芸の素晴らしい所を見て貰っています。過去10年での海外公演、ドイツ(ハーゲン・ミュンヘン・フランクフルト・ベルリン・ハンブルク・ハノーバー)アメリカ(バーリントン・ニューヨーク・デトロイト・ペンシルバニア・ニュージャジー・デラウエア・ラスベガス・ピッツバーク・サウスダコタ・シカゴ・クリーブランド)カナダ(オタワ・ハリファクス・モントリオール)スイス(チューリッヒ)中南米(コロンビア・エクアドル・チリ・トリニダートトバコ)メキシコ、シンガポール、香港、12代に厳しく芸を習い、各諸先輩に江戸太神楽のすべてを仕込まれて、鏡味家の芸を忠実に残しているつもりですが、嘘で固めたものを後世に残しているのが気に掛かります。鏡味家は将軍のお墨付きで江戸時代から今日まで延々と継承してきたつもりが、現在の研究者達の事なかれ主義でめちゃめちゃになっています。そんな中で鏡味の家元として21世紀に江戸太神楽を残していくことに私の持っているものを若者達に継承していくつもりです。
(平成15年2月5日更新)