其の壱:私と太神楽の出会い
1997年(平成9年)5月から妙なものに関わることになりました。日本の伝統芸能を取り入れた芝居で、ドイツを中心に海外公演を半年間にわたっておこなうという、前代未聞の企画。詳しくは「YUME」のページを参照していただくとして、とにかく、その舞台で「太神楽」の曲芸をやるという。幸か不幸か、私もそのシーンにキャスティングされちゃったんです。「俺、マチャァキ(堺正章さん)じゃないよ」ってホント思いました。太神楽の曲芸っていうと、やっぱり「お〜め〜で〜とうございま〜す!」の海老一染之助・染太郎さん。その程度の認識しかありませんでした。指導にきていただいたのが鏡味小仙社中の皆さん。約三ヶ月の特訓のすえ、どうにかこうにか、曲芸のさわりの部分程度を覚えて、マジで半年、やってきちゃったのです。そんでもって帰国後、もっと突っ込んでやってみようと思い、引き続き親方(我々は師匠のことをこう呼ぶ)のお世話になっている次第です。

其の弐:北海道は寒かった
NHKの朝の連続テレビ小説「すずらん」のロケで旭川まで行ってきました。私達はいつもの衣装で参加したのですが、寒いなんてもんじゃないんです。足がもう、いつもの足袋にせったじゃとてもたまりません。エキストラの方々は完全雪国武装。はっきり言って舐めてました。

其の参:挨拶は短めに
いつも思うことなんですが、特にパーティーなんかの乾杯の前の挨拶はもう、短ければ短いほどいいんじゃないでしょうか。「早く、飲ませろ!」って。でも、なぜかマイクを持つと誰しもが、いっぱいしゃべっちゃうんです。私もです、ハイ。

其の四:中学校に行ってきた
先日、神奈川県の某中学校に仕事で行きました。卒業する三年生を対象とした芸術鑑賞教室ということでした。私はいつまでも少年の心を持ちつづけているつもりでした。間違ってました。私はすっかりオヤジになってました。控え室に遊びにきた女子中学生と話が通じん。っていうか、疲れる。先生、お父さん、大変なんですね。

其の五:このページをつくるきっかけ
こんなに面白いものがあるってことをみんなに教えてあげよう、と。これは観なきゃ損っすよ、ホント。それから、最大の目的。インターネットを使って、いわゆる営業ができないかなって思ったんです。早い話が、仕事が欲しいってことなんです。興味を持たれた方は是非ご連絡ください。

其の六:江戸太神楽はぴちぴちである
落語が好きな方は、寄席の色物としての太神楽をご覧になったことがあるかと思います。出演者のほとんどは五十歳、六十歳代。伝統芸能=オヤジ。そんな印象をお持ちの方は是非、江戸太神楽をお試しください。当店(?)は二十歳代が中心です(もちろん親方は別ですが)。当然、女の子もたくさんです。江戸太神楽はぴちぴちの若者をとりそろえて、皆様をお待ちしております。

其の七:お正月
お正月には日本橋界隈を中心に「町内廻り」をおこないます。各家々にお伺いして、獅子舞で厄を払い、曲芸を楽しんでいただきます。以前は何日もかけて廻ったそうですが、現在は一、二日で終わってしまいます。東京のど真ん中にもまだこんな洒落た風景が残ってるって知ってました?

其の八:野毛大道芸
毎年四月に開催される「野毛大道芸」。今年(十一年)は初日が大雨で一部中止となりましたが、そのぶん二日目はこれ以上は無いという晴天。小仙社中は総勢十三人(!)で出動。傘の曲も一度に六本をひろげ、大変盛り上がりました。なかなかやる機会の無い「火炎撥」にも仙太さん、仙次さんが挑戦しましたが若干風が強くやりにくかったようです。着物が焼けなくて良かった、良かった。

其の九:披露宴の司会
友達の結婚披露宴の司会をやってきました。余興に、親方をはじめとする社中の皆さんに獅子舞と曲芸をやってもらいました。しかし、披露宴の司会ってのは難しいです。料理の配膳のタイミングや新郎新婦の起立・着席の間、他の余興の方々(友人による歌とか)の準備、なんやらかんやら、ペースがつかめん。もっと司会先行の仕切りで進行しちゃっていいのかと思ってました。自分の披露宴のときは、自分で音響卓に座って自分で司会やっちゃおうって思いました。

其の十:広小路亭に出る
先日、私の友人の立川小談林(立川流の前座落語家)の勉強会が上野広小路亭でおこなわれ、福っちゃん(仙福)と二人で出演させていただきました。お客さんの反応も上々でしたが、ハプニングが!「五階茶碗の曲」の山場、「回し灯篭」のところで糸がブチッと切れちゃった(当然、茶碗は割れちゃいました、ハァー)。なにも本番で切れなくても、昼間、家で練習したときに切れてくれれば...。ドリームジャンボ三億円当選に匹敵する確率か?