其の七十一:やっぱりケーブルテレビは素晴らしい
いやー、やっぱ観ちゃいますね、テレビ。やっぱ「ガンダム」、いいっすね。いろんなロボットものアニメをやってるんですが、ガンダム以前とそれ以降は決定的に違います。ガンダム以前の特徴は「俺らが命をかけて地球を守るぜ!」的なある種の軍国主義(?)的な部分をも感じさせます。映画「さらば宇宙戦艦ヤマト」なんかを今観るとビックラこきます。いまさらながら「機動戦士ガンダム」は革命だったといっても過言ではないでしょう。当時としてはかなりの冒険だったと思います。だって「無敵鋼人ダイターン3」からいきなり「坊やだからさ」(byシャア)ってなノリですから。でも当時小学生だった僕には「なんだこれ変形合体しないじゃん」みたいな感じでイマイチでした。まぁとにかく、あれです。歴史を動かすものは最初は必ず批判されるものです。プロレスでいうとタイガーマスクしかり、長州しかり。話は変わりますが「がんばれ!レッドビッキーズ」の林寛子はとてもかわいいです。現在の姿「太ったうるさいオバサン」からは想像もつきません。時間とはかくも残酷なものでございます。

其の七十二:ゴメンね、わざとじゃないんだよ
先日、いわゆる大道スタイルで演ってたときのことでございます。傘の曲芸のときにお客さんに鞠を放ってもらったりするんですが、赤いシャツを着た小学校低学年ぐらいの子が「ぼく、やる!」と言ってくれました。でも、そんときには既に他のお客さんにお願いしてしまっていたので、「それじゃあボクには後で別の曲芸を手伝ってもらうからね」と約束したのですが、それをすっかり忘れてしまいました。ホントは水の曲のときにコップを取ってもらったりしようと思ってたのですが・・・。いやーゴメンね。「やっぱり大人はウソつきだ」なんて思わないでね。僕、結構、こういうミスって気にしちゃうんですよね。とりあえずこの場で懺悔。そん時はなかなか面白いことを言う子もいました。一つ鞠の曲芸で「鞠がいろんなとこにくっつきます!」って演ってたら、「わかった、あれきっと汗でくっついてんだよ!」って。そうなんです、汗でくっついてるんです。凄い曲芸でしょ。

其の七十三:パリはカカだらけ
オランダのロッテルダムで開催されたヨーロッパジャグリングコンベンション(EJC)に参加してきました。そのついでにパリにも寄ってきたのです。十年程前に行ったときはあまり気にならなかったのですが、イヌのウンコがいっぱいです。それから、とにかく冷房が入ってないのよ。店の中、電車の中、ホテルの中・・・暑かったっす。そんでもってオランダに行ったら今度は毎日雨。寒かったっす。それでも外でジャグってる人たち。アホですな。なんだか「ウッドストック」みたいな感じ。ヒッピーがマリファナ吸いながら、でもやってることはジャグリング。一日中クラブが飛び交っている光景を見てたら、世の中の人皆がカスケードくらい出来るんじゃないかって気になりました。そういえば風車観てくんの忘れた(チューリップは咲いてませんでした)。

其の七十四:やはり「猿の惑星」はエンディングが命
ティム・バートン監督は「続編は作らない」と言ってるそうです。じゃ、他の誰かが作ってくれ、頼む。夏といえば高校野球。以前にも書きましたが僕は野球に興味なし。というかスポーツ、特に団体競技に興味なし。が、しかし!皆さん、子供には絶対、野球をやらせましょう。でないと僕のような「皆で力を合わせて何かを作る」という行為に喜びを感じないヒネクレものの大人になってしまいます。でも僕はあえて確認しておきたいと思います。そもそも重要なのは「皆で作る」ことではなくて「何を作る」かであると。一つ一つのマシーンは非力でも合体すれば最強のコン・バトラーV。僕はそれを否定するわけではありません。思惑が違うものが集まっている場合、コンバイン(合体)は不可能です。合体しなくてもガンダム五体集めれば最強の軍団となるでしょう。現在の僕たちは後者を選択せざるをえない状況にあるようです。違うかな。どう思います、他の若手メンバーの皆さん。

其の七十五:また親が子供を殺した・・・
もう、日本は終わってますな。これは子供を殺す親を育てた、そのまた親に責任があると思います。昭和二十年代後半あたりに生まれた方たちでしょうか。ティーンエージャーの凶悪犯罪の分も含めると、もうちょっと下の世代の方たちも。責任重大です。間違いなく何かが狂ってる。「放任主義」とか「子供の自主性を尊重して・・・」なんて感じでただ単に無責任にほったらかしにしといたのでは。僕はある程度、当たり前のことを当たり前のこととして子供に「押し付ける」ことが必要だと思いますが。話は変わって「ジュラシック・パークV」。話、変わりすぎですか。まぁとにかく今回は公開前もイマイチ盛り上がり無し。で、観たらやっぱり・・・。もうCGの凄さはわかったって。もちょっとおもろい展開になんないのかしら。メカT-REX作って生恐竜と対決させるとか。そういや来年あたりまた「スターウォーズ」だっけ?予告編はどの映画も最高に面白いんですけどね。

其の七十六:渋谷センター街は臭い
久しぶりに行ったら目的の映画館探すのに三十分くらいかかった私は田舎モン。アメリカンプロレスを扱ったドキュメンタリー「ビヨンド・ザ・マット」。正直、プロレスマニアにはちょっと物足りない内容ですが、一般の方にはぜひ観ていただきたい。あらためてWWF(アメリカのプロレス団体っす)のプロフェッショナルぶりに頭が下がる思いです。とにかく疲れるのが「なんで、ロープに振られてかえってくんの?なんでトップロープにあがるの待ってんの?」ってヤツです。これ大げさなハナシになっちゃうかもしれませんが、ロープに振られてかえってくることの意味が理解できない方とは一緒にモノが作れません。八百長とかショーとか真剣勝負とか格闘技とかスポーツとか、そんなんじゃない、比類なきエンターテイメントなのです。ちなみにTV放送は英語(日本語字幕)なので英語の勉強?にもなります。If you smell what the Rock is cooking. この訳は難しいですよ。

其の七十七:「A.I.」はどうでしょう?
遅ればせながら観たんですけど、んー。やっぱ大作ってのは難しいんでしょうね。娯楽を追及しても何かそれだけってのもなってな感じになるし、かといって小難しいものにしちゃっても客入んないし。で、また話し変わりますけど、私、このたび電子レンジなる利器を初めて購入いたしました。一人暮らしを始めて苦節十ウン年、ついに手に入れたのです!いや、電子レンジって安くても二万くらいするかと思ってたんですよ。そしたら、アナタ、6980円ですって!さくらやのポイントカードが5000円チョイたまってたんで現金2000円程追加するだけで買えました。さっそくスーパーで買った「ヤマザキの肉まん」をチンしてみました。いや、別になんでも良かったんですけど、ほら、肉まんって冬場にコンビニでしか買えなかったから。おっ、ちゃんと蒸れてる、って当たり前か。これで私の食生活もバリエーション豊かなものになるでしょう。冷凍食品売り場を覗く楽しみができました。でも、なんか寂し・・・

其の七十八:「しゃべりすぎた翌朝、落ち込むことのほうが多い」by辻仁成
もうこのコーナーは僕の愚痴のはきだめにしちゃいます。自分の気持ちとか考えっていうのを人に伝えるっていうのはとっても難しい。しゃべってるうちに熱くなるあまり、話しの論点がずれてきて真意を伝えきれないまま、後味の悪さを残すってのが、僕のいつものパターン。もう、やだ。いつも黙ってて「不器用っすから・・・」ってな感じの人にあこがれます。でも僕がそれやっちゃうと、ただの「暗い人」になるね、たぶん。まぁ、とにかく、あれですよ。もう、なんにもしゃべんない。決めた。何か聞かれても「んー、どうでしょうね」ってな感じで流す。自分の考えなんて、なーんにもありませーん!じゃ、最後に一言(って結局、まだしゃべるのね)。自分の「演りたい」っていう気持ちと誰かの「観たい」っていう気持ちが何処かで出会うから僕は演り続けるのでしょう。キレイごとを言うようですが、ホント、お金じゃないのよ。こんなこと言うなんて僕らしくないですか?基本的に「観たい!」って言われれば、僕は演ります。だってお調子者ですから。でも、飲み会で「曲芸やってるの?じゃ、なんかやって」ってのはホント、困るんですよね。だってアドリブきかないですから。

其の七十九:G馬場が死んだときは電話がいっぱいかかってきた
先日、僕が以前働いていた職場で同期だった友達が亡くなりました。癌でした。亡くなる一週間前にお見舞いに行きました。友達といっても、お互い同じ日にその職場を辞めて以来、ほとんど会ったことはありませんでした。もともと痩せていたので、それほどやつれた印象は受けませんでしたが、やはり健常とはかけ離れた様子でした。正直、僕はお見舞いに行くのをためらいました。すでに末期と聞いていたので、会ってどんな話をすればよいのか見当もつかなかったからです。彼は言いました。「こんなときじゃないと皆、来てくんねぇよな」。元気なときは、シリアスなシチュエーションとは全く無縁なテキトーなヤツでした。兄貴が医者をやっている別の友達に聞いたら、三十代で癌になるのは言ってみれば「事故」のようなものだそうです。小学六年生のときに父方のおばあちゃんが死んだときは一緒に住んでいた人が急にいなくなったにもかかわらずピンときませんでしたが、僕よりひとつ上の彼の死は、表現する言葉の見つからない何かリアルなものを感じました。

其の八十:電子レンジとエアコンとテレビでブレーカーが落ちた
アメリカ、エライことになっちゃいました。飛行機がビルに突っ込んでいく様子はまるでシュワルツネッガーの映画のようでした。これが、いわれているようなイスラム過激派によるテロだとすると、やはり、起こるべくして起きたのではないでしょうか。アメリカ的「正義」の押しつけが過ぎたのでは。イスラエルとアラブ諸国の問題は我々には到底理解できず、「神」が再び降りてきて「エルサレムは仲良く半分ずっこにしなさい」なんて言わない限り、解決不可能ですな。アメリカがどちらかというとイスラエル側寄りになってしまうのはイスラム文化に合理的アメリカ感覚ではイマイチ理解できない部分があるからでしょうか。それとも、やっぱりユダヤ人がアメリカでも力を持っているということでしょうか。イスラエル(ユダヤ教)もかなり理解しがたい部分があると思うのですが・・・実際には宗教的なものだけではなく、さまざまな利害関係や権力構造が複雑に絡み合っているのでしょう。ただ、なんとなく弱いほうを応援したくなるような。だって結構長く住んでたとこを「いや、これは神様から僕らが住むように言われてるから」って追い出されちゃったらね。もちろん無差別テロはダメですが、一方的なものの考え方をマスメディアによって強制されるのはどうでしょうか。グローバルスタンダードなんていっても要するに全世界アメリカ化。「世界は一家、人類は皆兄弟」となるためには、みんな英語覚えて、マック食べて、クリスマスには教会行って、てな感じですかね。